ちよ文庫

詩、掌の小説

「おりこうさんの羽休め」 後


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 2人でラーメン屋に寄った次の日。

 

 

 うつらうつらしながらも眠気をこらえ、1限を終えた直後のことだった。

 

 

 

 「あ、鶉の弟の...。」

 

 「.....................どうも。」

 

 

 

 鶉と同じ顔をした学生が前方から歩いてきた。

 

 

 鶉にはドッペルゲンガーと見まごうほど瓜二つの弟がいる。

 普段カジュアルな格好をしている鶉とは正反対に弟の方は黒縁の眼鏡にパリッと糊のきいたシャツしか着ないらしく1発で見分けがつく。

 聞いた話では同じ大学のデザイン科で水彩画を描き、賞を総なめしている期待の新星.....................らしい。

 

 

 あくまで鶉からの伝聞や噂でしか聞いていないからよくわからない。

 そもそも鶉の弟は兄と見た目がそっくりな反面、無口で大人しいためほとんど話したことがない。

 

 たまに顔を合わせても会話する気ゼロでサッサと移動してしまうため一切かかわり合いがない。ハッキリ言って苦手なタイプだ。

 

 予想どおり、鶉の弟は俺から視線を外してサッサと歩いていった。

 

 

 「おまえんとこの弟、ほんと可愛くないな。」

 

 「つぐみは繊細だからさ。人と話すのが苦手なんだよ。」

 

 「繊細ねえ.........。会話しなくても顔面に「興味がないから話したくない」って書いてあるぞ。」

 

 「そんなことないと思うけどなあ。内弁慶なだけで家ではよく喋るしヤンチャもするよ。俺の弟なだけある。」

 

 

  大人し過ぎるのも困りものだけど、こいつも弟の10分の1くらいは大人しくしていてほしい。特に行動面で。

 

 俺達はとりとめのない話をしつつ1限で出された調べものの課題を終わらせるために図書館へ向かった。

 

 

 

 うちの大学図書館は全国レベルの充実した蔵書量と謳われるだけあって、一般でも利用者が多い。

  今日も学生と一般利用者が混ざりあってそこかしこで本を選んでいたり、壁際のソファで船を漕いでいたりと様々だった。

 

 俺も鶉も人の多い場所は得意じゃない。自然に足の運びは階段へと向かう。

 人の少ない2階に上がって「いつもの定位置」に決めている大人数用のテーブル席に腰を下ろす。ここはクーラーが直撃しない絶妙な位置で、1番人が寄り付かない。

 

 

 

 「お、鷹臣じゃん。経済学のレポートやってんの?」

 

 

 金髪に黒メッシュの同級生、早峰 小鳩だった。

 

 

 「いや、そっちじゃなくて1限で出されたやつ。コバも課題?」

 

 「まあな。ところで隣のヤツ誰?」

 

 「は?何言ってんだ、鶉だよ。」

 

 「そいつ鶉じゃないじゃん。顔一緒だけど絵の具と香辛料の匂いがする。兄弟かなんか?」

 

 

 

 

 

 

 

 「5年前くらいからかな。俺もつぐみも忙しくてストレス発散したくてさ。俺の方から持ち掛けたんだ。」

 

 

 昼過ぎの食堂。俺の目の前には同じ顔が2つ並んでいた。

 片方は七味で麺が見えないうどんを啜り、もう片方はポテトを食べながらコーラを飲んでいる。

 

 

 「月に1度か2度、お互いの話し方真似て入れ替わろうって。おもしろいだろ?」

 

 「おまえら兄弟揃ってイカれてるな。」

 

 「小学校から一緒にいるのに僕と鶉の見分けがつかない方がどうかしてるけどね。あの派手髪チワワには驚かされたけど。」

 

 「おまえは急によく喋るな。兄貴よりいい性格してそうだ。」

 

 

 このはた迷惑な双子は自分たちの顔がそっくりなのをいい事に、いかにバレないようお互いになりきれるか遊んでいたようだ。

 

 鶉は面白そうだと判断すれば気が済むまで止まらないタチだが、似なくていい部分まで似てしまったらしい。この兄にしてこの弟ありだ。

 

 「あんた、鈍いしトロそうだけど悪いヤツじゃなさそうだし。たまになら鶉と3人でごはん行ってもいいよ。」

 

 「つぐみが話せる人って珍しいからさ。これからも仲良くしてな、よろしく頼むよ鷹臣。」

 

 「おまえも弟も両方遠慮しておきたいよ。」

 

 

  俺の言葉はキレイに聞き流されたようで、この日を境に柿之木兄弟から頻繁に呼び出しをくらうようになった。

 もし俺に双子がいたとしたら入れ替わりを提案して1日だけでも休ませてくれるように頼むだろうことは間違いない。