ちよ文庫

詩、掌の小説

ぼくとマンソン .3

起きるとおかあさんが朝ごはんを作っていて、フライパンからお腹が減る美味しい匂いがする。おとうさんはもうお仕事に出掛けたみたいだった。

おかあさんはバターがたっぷり塗ってあるキツネ色のトーストとまっ赤なトマトのスープ、デザートにウサちゃん形の林檎も食べさせてくれた。

マンソンとの夜更かしで勇気を手に入れたぼくは怪獣の声なんてもう気にしてなかった。

林檎をシャクシャクして全部お腹に入れてからおかあさんに「ごちそうさま。」を言って、ぼくも幼稚園に行く準備をする。

窓からはお日様の温もりが漏れていて、ベッドを暖かくしてくれている。マンソンは背伸びしてひなたぼっこを満喫中だった。

「おはよう、マンソン。」
「ああ、おはよう。よく眠れたか。」
「たっぷり眠れたよ。今日は何だか何でも出来ちゃいそうな気分なの。」
「あまり張り切りすぎるなよ。幸も不幸も予告なしに起こるもんなんだ。いつ何が起きるかわからない。」

マンソンはまた難しいことを言った。心配してくれてるってことだけはわかった。

「朝はいつも通りのおかあさんだったし、今日はきっと平和だよ。」

リビングから急かす声に慌てて、ぼくはお絵描きセットを忘れたままでおうちを出たことに気が付かなかった。

「今日から新しいお友達がみんなの仲間になります。なかよくしてね。」

先生に紹介された男の子は、ぼくと同じでおとうさんのお仕事が理由で引越してきたみたいだった。

ぼくよりも少し背が高くて肌が日に焼けた子。名前はアキトくん。アキトくんはサッカーが得意みたいで、もうみんなと打ち解けて遊んでいた。

ぼくとは全然ちがうんだ・・・。でも、ぼくにも友達がいるから大丈夫。大丈夫。
お絵描きセットを忘れていたから、ぼくは昆虫の図鑑を開いてペラペラ捲って眺めていた。

「あ、ヘラクレスオオカブトだ。」

声を掛けてきたのは、サッカーから戻ってきたアキトくんだった。

「ボクも昆虫好きなんだ。夏にパパとキャンプに行った時、こーんなおっきいカブトムシ捕まえたんだよ。」
「・・・そうなの?・・・ぼくもかっこよくて強い虫が好きなんだ。」

話そうとすると心がキューっとして胸がバクバクする。ほっぺたが赤くなりそうだった。それでも、アキトくんとちゃんとお話してみたかった。

「ぼく、アサヒっていうの。アキトくんとなかよしになりたい。」

アキトくんは牛乳みたいなまっ白い歯を見せて「ボクもだよ。よろしくね。」ってニッコリ笑ってくれた。

ぼく達は日が暮れるまで遊んでたくさん話した。お外で追いかけっこして泥ん子にもなった。汗だくで力いっぱい走ると気持ちよくて、アキトくんとの時間はすぐに過ぎた。

「また明日ね、アキトくん。」
「またね、アサヒくん。」

ぼくらは何も言わなくてもすっかり友達だった。帰り道にすぐ側で猫の鳴き声が聞こえた気がしたけど、気のせいかもしれない。
ぼくはもう明日が楽しみで仕方がなかった。