ちよ文庫

詩、掌の小説

「天使のメランコリック」

神様は言った。 「天使の身でありながら人を知るためみずから人間となり、地上で生きたこと。真に立派であった。その苦労をねぎらって、おまえに権利をひとつやろう。」 次に、神様は人ひとり映るくらいの鏡をポンとお出しになった。 「この鏡はおまえが命を…

「時計仕掛けの劣等生」

「ちょっと話したいことがあるんだけど、いいかな。」 なるべく、なんでもないふうを装った。 ほとんど間を置かずに聞きなれた声から「いいよ」と返ってきたので少しホッとする。 「やることあるから時間かかるけど、それでもよかったら待ち合わせる?」 「…

「根っこ」

あたりいっぱいに広がる草むらをかき分けた先。 ポツンと立ったおおきな木の下には、これまたちいさな1匹の野うさぎが暮らしていました。 彼は名前をクランクといって、とんでもなく寂しがり屋ですが、それでもたった1匹で日々を一生懸命に過ごしておりまし…

「生命を壊す」

ただそれなりでいたいな、と思いながら「それなり」ってどんな人間なのかはよくわからない。 人並みに友達に囲われながら生活して、好きな人と恋愛して、いつかは一緒に暮らして子どもをつくり平穏な家庭を持つ。 世間で言うところの「普通の人間」は俺が思…

「蜜を誘う」

「大切なのはビギナーズラックよ。誰だって人生の初心者でしょう?」 決して生半可ではない世界を華々しいビジュアルと手練手管で生き抜いてきたお袋の口癖だった。 それぞれがそれぞれの事情を抱えて闊歩する夜の街。 週末の喧騒やアルコールの匂いは幼い頃…

「夜を飛ぶ」

高校で出会ってから7年。 友人のフウタは昔から面倒見がいい。 なんせ数ヶ月で教師を辞めてしまった俺を見放すどころか、「野垂れ死にされても困る」と言って家に置いてくれたくらいだ。 初めは酒の席での話だと思って聞いていたから、トントン拍子で居候が…

「春を摘む」

高校2年の夏、俺の背中に虎が生まれてからそれまでよりずっと強くなれた。 バイトを掛け持ちして溜めた金と奨学金でなんとか家を出て大学に進み、教員免許を取得して今や母校の先生。 なんて、昔の何も出来なかった頃の自分が聞いたら嘘臭さに笑うかもしれな…

「夏が煙る」

夏休みに入る直前、小学校から続けてきたサッカーを辞めた。 学校から帰る途中。曲がり角からやってきた車に轢かれ、脚がダメになった。 周りには「来年は受験だし案外いい機会だったのかもな」なんて言っておいたものの、自分でも意外なほどに喪失感は大き…

「私自身のリアル」 朗読

「私自身のリアル」/空峯 千代 by 空峯 千代 - 音楽コラボアプリ nana 本文 「私自身のリアル」 - ちよ文庫 「話してて21歳とはとても思えない。」特に何も思わなかった。もう言われ慣れてた。 皆の中の私はやたら大きくて""強い""人間だった。自分に誇りを…

「1111」 朗読

1111 track.1/空峯 千代 by 空峯 千代 - 音楽コラボアプリ nana 本文 「1111」.1 - ちよ文庫 午前10時。朝起きてまず24時間営業しているスーパーへと足が向いた。 有線が流れる店内には、子供連れのお母さんやご近所のお年寄りがちらほら見える。私は真っ直…

「ぼくとマンソン」 朗読

[http://www..com/ぼくとマンソン track.1/空峯 千代 by 空峯 千代 - 音楽コラボアプリ nana:title] 本文 ぼくとマンソン .1 - ちよ文庫 マンソンは芸術家だ。ぼくが絵を描いていると、マンソンも自慢の前足でまっ白の画用紙を彩っていく。 ぺた ぺた ぺた …

「虎を飼う」

ユーガは汗を吸った白いシャツを脱ぎ、そのままベッドでうつ伏せになった。まるで日焼けを知らない真っ白の背中は、今から質の良いキャンバスになる。 「これから長丁場になる。楽にしてていいから。」 「ありがと。よろしく頼む。」 にこりと微笑んで昼寝で…

「ねこかぶり」

あたし猫。「ねこかぶり」だから猫。 なるほど、人ってむずかしい。いろんな人がいて、しかもいっぱいいるから、そのなかで生きていくって大変だ。だからあたしは猫をかぶる。 猫はかわいい。みんなだいすき。 みんな猫を見ると怒ってた人もふにゃりと笑って…

「おりこうさんの羽休め」 後

2人でラーメン屋に寄った次の日。 うつらうつらしながらも眠気をこらえ、1限を終えた直後のことだった。 「あ、鶉の弟の...。」 「.....................どうも。」 鶉と同じ顔をした学生が前方から歩いてきた。 鶉にはドッペルゲンガーと見まごうほど瓜二つ…

「おりこうさんの羽休め」 前

𓄿 「おまえってさ、いつ休んでんの?」 「へ?」 講義が終わりレポートを片付けて流れるように入った大学最寄りのラーメン屋。 食堂よりも圧倒的なクオリティの旨辛坦々麺を啜りながら、レンゲで熱々のスープを口に運ぶ幼なじみに聞いてみる。 「昨日は執行…

「羽根の抜ける頃に」後

パトカーに乗せられておよそ10分。連れてこられたのは警察署だった。 お巡りさんから降りるように言われて建物の中に入る。警察署にお呼ばれすることなんて日常には滅多にないから呑気に見学しているとついてくるようにと言われた。 連れてこられた部屋はテ…

「羽根の抜ける頃に」前

𓄿 「なんで自殺しちゃいけないのかな?」 スマホを横向きに構えソシャゲに興じながらとんでもないことを安々と聞いてくるこの男、柿之木 鶉は小学校以来の付き合いだ。 もっとも、いきなり突飛な話をしてくるから昔からサッパリ読めない。 「............お…

「砂」

朝目覚めると小鳥が鳴いているような 真白いホットミルクのぬくもりのような カーテンを開けると射す陽の光のような ふとんにくるまり微睡む昼時のような そんなささやかな幸福に私はなりたい あなたを希うことはなくていい 親しき友になれずともいい 愛され…

「テントテンデセン」

幼なじみは心配症だ。 勉強は昔からできたし、友達も多くて女の子から好意を持たれることも何度かあった。 就職の時だって第1志望に受かってて一緒に泣いたし、会社でもやっぱり人から好かれるらしい。 ただひとつ彼の下手くそなところがあるなら、持ち前の…

「ショートスリープ」

朝6時に寝て9時ピッタリに目を覚ます。 これが彼女の習慣だった。 目覚ましをかけているわけでもなく、身体が自然と覚醒へ向かうのだ。 食事もほとんど取らず、口に入れるのは基本的に珈琲、紅茶等のカフェイン飲料でたまにスープ。時としてアルコール。 1度…

「かえりたい」

食べたトーストの味がしなかった。 好きだった歌をなんとも思わなくなった。 ともだちの話が聞こえなかった。ただ声だけが流れていた。 母に話しかけられても、顔を見ることができなかった。 ついには、家にいるはずなのに「帰りたい」と思った。 脳裏に過ぎ…

「タルトタタンの夢」.後

新しい薬の効果だろうか? その夜に見た夢はいつもと違った。 桜が街路灯に照らされている、春の夜。 そっと肌を撫でてくれる心地のいい風が吹いていた。 桜の樹の下に誰かがいる。黒髪に少し幼い体躯。 ちーちゃんだ。また夢で会えた。 彼女は地面を一生懸…

「タルトタタンの夢」.前

また、同じ夢だ。 「うーさーぎおーいしい かーのーやーまー」 彼女は「ふるさと」を口ずさみながら真っ赤な林檎をウサギの形に切っている。 「ちーちゃん。「うさぎ美味しい」じゃなくて「うさぎ追いし」なんだよ?」 「もう。そんなの、たーくんに言われな…

「雨傘」

雨は好き。だって、雨は美しい。 雨音を聞きながら本を読む時間を私は幸福だと思う。雨の日に音楽を聴くと、一層感傷的に響くから。音に溶け込めるようで普段より好き。 それに、心を洗い流してくれる。慈しむような優しさがある。だから私は雨が好き。 傘は…

「私自身のリアル」

ポエトリーリーディング「27才のリアル」(狐火)をオマージュした、これは私の詩。 「私自身のリアル」 「話してて21歳とはとても思えない。」 特に何も思わなかった。もう言われ慣れてた。 皆の中の私はやたら大きくて""強い""人間だった。 自分に誇りを持っ…

「1111」.3

地元の駅から自宅付近まで歩き、自動販売機の前で「あたたかい」の欄にあるミルクティーを選ぶ。 もう暗くなった今の時間帯では眼前に広がる河川敷にサッカー少年などいなかった。 ペットボトルで手を温めポケットに入ったセッタを取り出してお下がりのライ…

「1111」.2

もう1つ隣の通りにはパンクスタイルの雑貨屋があり、いつも看板娘の黒猫がお出迎えしてくれる。私は、店手の愛猫マリンちゃんをそっと撫でて「お久しぶりです。」と声を掛けた。 「久しぶりだねえ。ハジメくんは元気なの。」 「この間タイビール飲んでご満悦…

「1111」.1

午前10時。朝起きてまず24時間営業しているスーパーへと足が向いた。 有線が流れる店内には、子供連れのお母さんやご近所のお年寄りがちらほら見える。私は真っ直ぐに鮮魚コーナーへと足を運んだ。 白の作業服に身を包んだ顔の見えない店員さんは、私に気づ…

ぼくとマンソン .4

マンソンがどこにもいない。 ベッドの中にもリビングにも、お庭にもいない。 保育園に行ってもマンソンは尻尾の陰も見当たらなくって、アキトくんと遊んでも心に棘がチクチク刺さってる気がした。遊んでても楽しいのに楽しくなかった。 ぼくはアキトくんと遊…

ぼくとマンソン .3

起きるとおかあさんが朝ごはんを作っていて、フライパンからお腹が減る美味しい匂いがする。おとうさんはもうお仕事に出掛けたみたいだった。 おかあさんはバターがたっぷり塗ってあるキツネ色のトーストとまっ赤なトマトのスープ、デザートにウサちゃん形の…