「根っこ」
あたりいっぱいに広がる草むらをかき分けた先。 ポツンと立ったおおきな木の下には、これまたちいさな1匹の野うさぎが暮らしていました。
彼は名前をクランクといって、とんでもなく寂しがり屋ですが、それでもたった1匹で日々を一生懸命に過ごしておりました。
というのも、クランクは家族のもとで暮らしておりましたが、彼のパパとママは毎日のようにケンカばかり。
いつしか2匹の鳴き声がライオンのうなり声に聞こえるほどになってしまい、嫌気がさしたクランクはうちを出ることにしたのです。
とはいえ1匹の暮らしに不安でいっぱいだったのもつかの間、クランクはようやく手に入れたしずかな時間をたいそう気に入りました。
しかし、彼は根っこがたいへんな寂しがり屋ですから。
いくら1匹の暮らしに慣れたといえども、ときおり激しい孤独におそわれることもありました。
そんなときのクランクは、まるで世界に自分だけしかいないような、無性にもの悲しい気持ちになるのです。
さて。空は雲ひとつなく、風に吹かれたねこじゃらしがのんびりと揺れている。そんなある日のことでした。
クランクはお昼ごはんを食べたあと、森のおさんぽをしておりました。
すると、クランクのお気に入りの切り株に見たことのないウサギがちょこんとすわっていたのです。
「こんにちは。」
「..................こんにちは。」
見知らぬウサギにおそるおそる挨拶をかえしましたが、内心はとくとくと鼓動がうるさいくらいでした。
なんと、クランクが他のウサギと話すのは1匹で暮らしてからはじめての出来事なのです。
切り株に腰かけたウサギは「さいきん森に引っ越してきたリリィです。」と礼儀正しく名前をおしえてくれました。
クランクもなんとかリリィに名前を伝えて挨拶することができました。
2匹はなんとはなしに好きな本の話をしたり、好きな音楽の話をしたりでたのしくお喋りしていました。
「あ、もうこんな時間だ。ごめんね、僕そろそろ帰らなきゃ。」
「ほんとだ、すっかり暗い。もしもクランクさんが迷惑じゃなければ、またお話してくれませんか?」
「もちろんいいよ。今日はとても楽しかったから、僕でよければお話したい。」
「そう言ってくれてよかったです。それじゃあ、また。」
クランクはリリィに手を振って、おおきな木の下にある自分のうちへ帰りました。
そして、その日の夜はリリィの教えてくれた本や歌を思い返しながら眠りにつきました。
それから2匹はすっかり仲良しになりました。
しずかな場所が好きなこと、花の名前をたくさん言えること、あまい木の実を食べるとしあわせな気持ちになること。
おなじ気持ちを共有できて、ちがう気持ちでも「そうなんだね」と言い合える仲は2匹にとって実にゆかいなものでした。
けれども、クランクにはひとつだけ不安なことがありました。
それは、リリィが家族の話をする時にきまって起こるモヤモヤです。
「私の家族は木の実をとる名人で、いつも太陽みたいにピカピカ光るのを取ってきては食べさせてくれたんですよ。」
「そんなにきれいなの?」
「はい。しかも私が食べたなかでも1番おいしい木の実でしたよ。あまくて、ちょっとすっぱくて。食べたあとしあわせな気持ちになるんです。」
「...............いいなあ。すごくうらやましいよ。」
クランクにとっては食べさせてもらったという木の実よりも、夢中で話しているリリィの方がよっぽど眩しくて仕方がありません。
「仲のわるい家族なんて想像したことないんだろうなあ」。
彼はそう思うとおんなじウサギのはずなのに、リリィがまったく別の生き物のように思えてなりませんでした。
「ごめんね。私、なにか気にさわることを言いましたか?」
「ちがうよ、ちがうんだ。君はなにも悪くないんだよ。ただ、たまに君の話を聞いていると変なかんじがするんだ。」
「変なかんじ、ですか。.........例えばどんな?」
「ほんとうにすごく変なんだ。なんというか、自分が可哀想に見えてくるし、かと思えば力いっぱい君を打ちたくなる。」
「でしたら、いたいのはイヤですけど。それでも私のこと打ちますか?」
「それは嫌だ!............絶対にしたくない。」
クランクは自分がなにを言いたいのかわからなくて、とうとう泣いてしまいました。
楽しそうに家族のことを話すリリィや、そんなリリィに真っ黒い感情をもってしまう自分がどうしても嫌だったのです。
それでもリリィと友達でいたいと思って、ゆっくりと口を開きました。
「困らせちゃってごめん。僕はあんまり家族と仲良くなくて。それで、しあわせに家族と暮らしてた君にヤキモチしてた。」
クランクはおやつに持ってきていた木の実をリリィの柔らかい手にポンと渡しました。
「たぶんご家族がくれる木の実には遠くおよばないだろうけど、君によろこんでほしくて。いらなかったら捨てておいて。」
「やっぱり迷惑かな。」と不安そうなクランクを尻目に、リリィは受け取った木の実をひと口齧って「しあわせな味がします。」とニッコリ笑いました。
クランクはやっぱり眩しくて、乾いていた涙をまた流しはじめました。
使用写真