ちよ文庫

詩、掌の小説

「タルトタタンの夢」.前


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 また、同じ夢だ。

 

「うーさーぎおーいしい かーのーやーまー」

  彼女は「ふるさと」を口ずさみながら真っ赤な林檎をウサギの形に切っている。

 

 「ちーちゃん。「うさぎ美味しい」じゃなくて「うさぎ追いし」なんだよ?」

 

 「もう。そんなの、たーくんに言われなくても知ってるよーだ。」

 

 幼なじみのちーちゃんは2個上なのに、僕より妙に子供っぽい。背が小さいことも手伝ってか、とてもじゃないけれど大学生には見えない。100歩譲って高校生くらいじゃないだろうか。

 

 「たーくん、できたよー!」

 

 台所でウサギが行儀良く並んだ真っ白な皿を持っているちーちゃん。

 

 振り返った彼女の顔は底の見えない闇だった。

 

 足元が崩れ真っ逆さまに落ちていく感覚が続いて数秒間。目覚めると、僕は自室のベッドの上だった。

 

 肌に張り付くTシャツが気持ち悪い。大量の汗を掻いていて、鼓動は早いのに手足は驚くくらいに冷たかった。

 

 ウサギ形の林檎と顔のないちーちゃん。

 もう何度見たかわからない夢。

 僕はここ数年間、同じ夢を見ている。

 

 初めは、1年に1回。だんだん夢を見る回数が増えてきて、ついには2,3日に1度は彼女を見るようになった。

 

 闇のような空洞がぽっかりと生まれている彼女の顔。アレを思い出す度に震えが止まらない僕は、睡眠薬がないと眠れないカラダになってしまった。

 

 いつまでも睡眠状態が緩和されない僕に渡された少し効き目の強い錠剤。

 半分に割った後口に含み、ペットボトルの水で流し込んだ。僕は、また眠りにつく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

使用写真 

https://www.pakutaso.com/20120742185post-1660.html