ちよ文庫

詩、掌の小説

「おりこうさんの羽休め」 前


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𓄿

 

 

 「おまえってさ、いつ休んでんの?」

 

 「へ?」

 

 

 講義が終わりレポートを片付けて流れるように入った大学最寄りのラーメン屋。

 

 食堂よりも圧倒的なクオリティの旨辛坦々麺を啜りながら、レンゲで熱々のスープを口に運ぶ幼なじみに聞いてみる。

 

 

 「昨日は執行部の手伝い、一昨日はグループ課題のレポート添削して帰りに飲み会、その前の日は弁論大会の打ち合わせと学祭会議の司会っておまえ何人いるんだよ。」

 

 「やだなあ、鷹臣。ドッペルゲンガーじゃあるまいし。柿之木 鶉は正真正銘この世に1人だけだよ。」

 

 「おまえんとこの可愛くない弟はドッペルゲンガーさながらだけどな。それにしたって八方美人が過ぎると身体壊すぞ。」

 

 「へー。俺って八方美人に見えてるんだ。あと、うちの弟は可愛い。」

 

 「そうかよ、割と真面目にアドバイスしてるんだけど?」

 

 

 鶉はこれでもかというくらいラー油を投擲したタレにギョーザをつけて何食わぬ顔で咀嚼した。

 小皿の端に付けられた黄色いカラシは量が多すぎてもはやタレに溶けきっていない。食欲を失わないように坦々麺へ視線を戻す。

 

 

 小学校の頃からの付き合いにも関わらず、幼なじみの鶉はよくわからない。

 

 

 昔からなんでも器用にこなすヤツで、生きるのが楽しくてしょうがないとでも言うように常に笑っている。

 ただ人付き合いも可もなく不可もなくで話すのも聞くのも上手いがあまり自分の事を積極的に話さない。それ故に10年以上の付き合いになる俺すら鶉のことをあまり知らない。

 

 だからって根掘り葉掘り聞こうって訳でもないが、幼なじみとして多少の心配はある。

 

 

 「そんなに心配しなくてもいいって。俺の1番の得意技は羽休めだからさ。」

 

 「嘘つけよ。休んでるとこなんて殆ど見てねえぞ。」

 

 「鷹臣が1番見てると思うけど?」

 

 「は?」

 

 「ギョーザ、最後の1個あーげる。ご馳走様でした。」

 

 

 言いながら手を合わせて箸を置くと、いつもどおりスマホを取り出して横持ちにかまえソシャゲを始めた。

 

 鶉がラス1の食べものを俺に譲る日は月に1度か2度ある上機嫌の日だ。どうやら今日がその日らしい。

 俺は遠慮なく皿に残ったギョーザを食べ、いつも通りのんきな幼なじみに少し安堵した。