ちよ文庫

詩、掌の小説

「羽根の抜ける頃に」後

 


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 パトカーに乗せられておよそ10分。連れてこられたのは警察署だった。

 

 お巡りさんから降りるように言われて建物の中に入る。警察署にお呼ばれすることなんて日常には滅多にないから呑気に見学しているとついてくるようにと言われた。

 

 連れてこられた部屋はテーブルとパイプ椅子が4脚、隅に縦長のロッカーが2つ並んでいるだけの簡素な部屋だった。

 

 パイプ椅子の1つに女性のお巡りさんがすでに腰掛けている。

 

 「さあ、入って。...君は、柿之木 鶉くんよね?」

 

 「はい。そうです。」

 

 それから名前、生年月日、住所、電話番号、通っている大学の名前を聞かれて一切を控えられた。まるで犯罪者にでもなった気分だ。

 

 「なんで自殺なんてしようと思ったの?それも20歳になる誕生日の前日なんて。」

 

 「その、実は最近、将来や奨学金のことで悩んでて。たまに友達に相談してたんですけどしんどくなるばっかりで。それで1か月前、好きだった彼女に振られちゃって、もうどうでも良くなっちゃって.........。」

 

 「そう............つらかったのね。ごめんね、調書を書かなくちゃいけなくて今言ったことここに書いてくれるかな?」

 

 机の上に紙とボールペンが置かれた。

 

 「将来に悩み、恋人に振られて死のうとしました。もうこんな馬鹿なことはしません。」といった意の言葉を5行ほど書いて確認してもらう。特に問題はなかったようで別のお巡りさんに紙を回された。

 

 自殺未遂を起こした人や過程で止められてしまった人は命を左右した顛末をほんの数行の文で済まされてしまうんだろうか。

 

 それにしては1枚の紙はあまりにも薄い。

 

 「ありがとう。すぐに帰してあげたいんだけど、鶉くんを一旦保護者の方に迎えに来てもらわないといけなくて。まだ御両親に連絡がつかないの。」

 

 「うちの親、普段ならもう寝てます。あの人たち朝早いんで。」

 

 「そう、あと何回か掛け直してみるけど、もし連絡がつかなかったら今日はここに泊まってもらうことになるかな。」

 

 「どうしても自分で家に帰っちゃダメですか。」

 

 「保護者に一旦迎えに来てもらわないとダメなの。私は30代半ばだけどね、もし私が犯罪を犯したら迎えに来るのは今年で56歳の母だから。そういうものよ。」

 

 少し予想外だったけれどこれはこれで良い。

 

 とは言え、白いライトが照らす室内で一面真っ白な壁に囲まれて過ごすのは流石に気が滅入る。

 

 俺は例の話を切り出そうと女性のお巡りさんに軽く世間話を試みた。

 

 「それにしても、警察署ってこんな風になってるんですね。初めて入りました。」

 

 「まあ普段なら見ないわよね。それにしてもそんなに若いのに自殺なんて、滅多なことするもんじゃないの。生きてさえいればいつかは必ず幸せが来るから。」

 

  お巡りさんは俺が質問する前に自発的にアンサーを返してくれた。

 

 この時「提示していない問題に解答をよこされるのは案外腹の立つものだ」と初めて知った。

 

 

𓄿

 

 

 

 「そんで、どうだったんだ。」

 

 「あー。なんだっけ?」

 

 「なんだっけ、じゃねえよ。俺も協力しただろ。」

 

  「あー!「なんで自殺しちゃいけないのか」ね。」

 

  課題が区切りよく終わり、昼過ぎで人がまばらな食堂で飯を食う。

 

  ついこの間の件が今更ながらに気になって聞いてみるとこれだ。

 

 どうやら人を巻き込んでおいて本当に忘れていたらしい。自分がしでかした事など何処吹く風でチーズバーガーにかぶりついている。

 

 「人巻き込んだんだからせめて結果くらい教えろよ。あと口にソース付いてんぞ。」

 

 「あんがと。あれね、鷹臣に通報してもらってビルの屋上で待ってたらお巡りさんが2人来たんだけどさあ、そこまでは良かったんだよ。」

 

 「...............おまえほんとにやったんだな。」

 

 「うん。思い立ったが吉日、だよ。やると決めたら気が変わらないうちにやらなきゃ。」

 

 「できれば変わって欲しかったな。じゃあ、計画通りに警察に連れてかれたってこと?」

 

 「生まれて初めてパトカーに乗って警察署に行った。調書書かされた後に見張りのお巡りさんが交代で部屋に入ってきてさ、その日はお泊まりして次の日の昼に母さんが迎えに来た。」

 

 鶉はポテトを3本摘んで口に入れ、コーラを飲みながら何の気なしに喋る。友達の家に泊まりに行くのとは訳が違うんだがわかってるのか。

 

 「おばさんはどんな反応だった?」

 

 「流石にビビってたけど怒られなかった。俺、反抗期らしいのも無かったし。恐いようなホッとしてるような半々ってとこかな。」

 

 「へえ、もっと拗れたもんかと思ったよ。で、幼なじみと親に迷惑かけてまで得た結果はどうだったよ?」

 

 「んー。それが聞いてもないのにどのお巡りさんも似たこと言うんだよ。「生きていればいい事がある」「親御さんや周りの人が悲しむ」「いろんな人に迷惑がかかる」。元ヤン上がりっぽいお巡りさんも「20歳になる前に死ぬなんて冗談じゃない!」って。珈琲とパン奢ってくれたけど。」

 

 「それで納得したのか?」

 

 「いいや全然。むしろシラケた。希望的観測や他人への情で命を捨てるくらいの覚悟が折れるなら皆もっと生きてるよ。」

 

 「じゃあなんだったんだよ。自殺未遂に見せ掛けて警察署に泊まり込んどいてさ。」

 

 「少なくとも俺がお泊まりした警察署には「死のうとした人間を目の前にしてドラマ的な言葉を投げかける」タイプのお巡りさんしかいなかったって事がわかった。」

 

 「人騒がせなことしといて答えがそれかよ。」

 

 「皆が皆お巡りさんたちと一緒だから自殺しちゃいけないって風潮なんだよ。たぶんね。」

 

 そう言ってはた迷惑な幼なじみはジャンクフードの油で塗れた指を拭きスマホを横向きに構えた。