ちよ文庫

詩、掌の小説

「テントテンデセン」


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 幼なじみは心配症だ。

 勉強は昔からできたし、友達も多くて女の子から好意を持たれることも何度かあった。

 就職の時だって第1志望に受かってて一緒に泣いたし、会社でもやっぱり人から好かれるらしい。

 

 ただひとつ彼の下手くそなところがあるなら、持ち前の心配症が祟って私と暮らし始めたことだ。

 

 暮らすと言ってもほぼ私が面倒を見られているだけで実際のところは犬猫を飼っているのによく似ている。

 ごはんをくれて、身の回りの世話を焼いてくれて、たまにかまってくれる。

 私はきっと幼なじみにとっての飼い猫なのだ。

 

 猫らしく自由気ままに遊んでいると、彼もベランダへやってきた。

 ベンチの隣に腰を下ろして脚を組んで座る。

 もう一緒の家に住んで2年半経つのにすらりとした長い脚に初めて気がついた。

 この見た目とスタイルでなぜ恋人をつくって同棲しないのだろうか。猫の方が一緒にいる分には気楽なのだろうか。

 

 彼は私の隣に座るなり言った。

 「急にどっか行ったりしないよな?」

 

 ちょっと考えてから答えた。

 「んー。さあ?」

 

 ここのところ妙に睡眠時間が短く、食事も固形物があまり食べられない私をまた心配しているんだろう。発作みたいだ。

 

 「大丈夫だから心配しないで。」と言うつもりが口からポロポロ零れる言葉は本音だった。だって、本当にわからないから。私自身でさえも自分のことがよくわからない。

 

 シャボン玉が飛んでは消えてを繰り返す不思議な時間。少しだんまりになってから彼は言った。

 

  「大丈夫とかいい加減なこと言えないけど、少なくともおまえがいなくなったら俺は悲しい。」

 

 嬉しかった。そう言ってくれるだけで幸せだった。彼のことが大事で、彼も私を大事にしてくれるのがすごく嬉しかった。

 

 ベンチにもたれて彼の肩に頭を置き目をつむる。そうすると彼は不器用だけれど優しく頭を撫でてくれる。この時間はどんなお菓子よりも甘くてしあわせだ。

 

 私は彼の大きくて温かい手を感じながら考える。

 私が大丈夫になったとして、私は彼に心配されなくなる。私が大丈夫にならなくても、きっとこうやって話せなくなる。

 

 生きるのが下手な私と生きるのが上手な彼。

 前途多難な私の未来と有望な彼の未来。

 私の一生と彼の一生。

 

 すべてを繋ぎ合わせれば行き着く答えなんて簡単だった。

 恨まれても私は彼の幸せが最優先だから。

 飛んでいったシャボン玉が空中でパチンと弾ける景色を思い浮かべながら隣にいる体温の持ち主へと幸福を祈った。