「1111」.2
もう1つ隣の通りにはパンクスタイルの雑貨屋があり、いつも看板娘の黒猫がお出迎えしてくれる。私は、店手の愛猫マリンちゃんをそっと撫でて「お久しぶりです。」と声を掛けた。
「久しぶりだねえ。ハジメくんは元気なの。」
「この間タイビール飲んでご満悦でしたよ。彼から聞きましたが、島に移転するんですか。」
「うん、前々から考えていたけどね。海の見える所で気ままに店やってさ。今の暮らしも悪くはないが、同じ場所に留まるのは苦手でね。」
カナさんは膝に乗るマリンを手で愛おしそうにあやした。
「いくつになってもロックに生きたいもんよ。ハジメくんに聞いてみたらわかるかもしれないね。」
「まあ彼も中々に自由ですからね。」
私はシルクで作られた黒のネクタイを購入してカナさんとマリンにバイバイした。
日が傾いてきた頃、17時5分前。
私が知っている店の中で最も駅に近い路地にあるバーへ入るとマスターはテレビゲームをしながら顔をこちらへ向け「お。いらっしゃい。」と慣れ親しんだ挨拶を寄越した。
こじんまりとした少し狭い店は暗い照明がささやかに灯る私たちの行きつけだった。
営業する気を起こしたマスターは「何にしましょう。」と短くこちらに問い掛けた。
「じゃあギネスで。」
「あれ、ビール飲めないんじゃなかったっけ。もしかして彼の真似。」
「まあ、そんなことです。」
「案外可愛らしいことするんすね。そういやハジメ昨日来てたよ。」
「そうですか。何話してたんです。」
マスターはギネスをグラスに注ぎながら「くだらないことばっかりよ。」と陽気に笑った。
「ああ、1個だけ気になったけど。なんだっけかなあ。」
私は身体の強ばりを悟られないように自然を装って「勿体ぶらずに教えてくださいよ。」と続きを強請った。
「思い出したわ。昨日ハジメさんが帰りにお代より多く渡してきてさ。もしあんたが店に来たらこれで頼むって。」
ギネスより苦い痺れと込み上げてくる熱を抑えて「ロマンチストだなあ」とマスターに聞こえるよう呟いた。
「いい人ですね。ハジメさん。」
「ほんとに。2度と出会えないんじゃないかってくらい素敵なんですよ。」
帰り際マスターに「次は2人で。」と言われ私は「また今度。」と挨拶して帰路の電車へ乗った。